ちょっぴり時間が経ってしまったのですが、先日ブリヂストン美術館に行ってきました。ここ数日、東京の猛暑日はひと段落し過ごしやすくなりましたが、いやぁ、あの日は暑かった…
■ 天才の宿命
今回、メインビジュアルになっているのが、マティスの「ジャズ」シリーズの『イカロス』。何だかモダンでオシャレ。楽しげに見えるこの作品ですが、実はこの作品の誕生の背景には天才の宿命ともいうべき過酷なストーリーがあります。
アンリ・マティス『イカロス』(版画集「ジャズ」より)1947年
アンリ・マティス『イカロス』(版画集「ジャズ」より)1947年
『帽子の女』に代表されるように、豊かな色彩の油彩画こそが彼の真骨頂。しかし、十二指腸の手術による体力の低下、妻子がナチスの尋問と拷問を受けたことによる心労などによって、1940年代に入るとマティスはそれまでの油彩画が描けなくなりました。画家にとって筆を持つことができなくなるというのはまさに致命的な出来事です。
アンリ・マティス『帽子の女』(1947年)
(サンフランシスコ近代美術館/サンフランシスコ)
アンリ・マティス『帽子の女』(1947年)
(サンフランシスコ近代美術館/サンフランシスコ)
そこで彼は、色紙をはさみで切り抜き、紙に貼付けていくという新たな創作を始めます。もともと彼は、油彩画の構想を練る際に、色紙を使って色彩を検証し、それからキャンバスに彩色していくという方法を採っていました。
確かに、制作に数ヶ月もかかる油彩画に比べると体力的な負担は少なく、何といっても形が気に入らなければすぐにやり直すことができます。彼は切り紙の制作に熱中しました。
耳が聞こえなくなったベートーベン、目が見えなくなったモネ、右半身の自由を奪われた長島茂雄など、天才的な芸術家やアスリートが宿命ともいうべき残酷な運命に晒される例は少なくありません。
■ 生まれ続ける可能性
そこで絶望して人生を終わりにするのも、新たな境地を切り拓くのも、自分次第。マティスは、最晩年にして「色彩」という自らがこだわり続けた原点に立ち返り、新たな表現方法を開拓したのです。
今年5月、登山家の三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂に成功したことは大きなニュースになりました。今、CMでもやっていますが、60歳で次の目標を失い、65歳で山に登れなくなり、それでも奮起して70歳と75歳でエベレスト登頂に成功しています。
今年5月、登山家の三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂に成功したことは大きなニュースになりました。今、CMでもやっていますが、60歳で次の目標を失い、65歳で山に登れなくなり、それでも奮起して70歳と75歳でエベレスト登頂に成功しています。
病気になろうが、年をとろうが、そんなことは関係なく、人は生きている限り、というか、「目標に向かって」生きている限り、可能性は生まれ続けるのだと教えられます。
■ 人は「形」よりも「色」に反応する
さて、今回のサブタイトルは「色を見る、色を楽しむ。」
みなさんが絵を見るとき、何が一番最初に目に飛び込んできますか?
造形でしょうか、それとも…。実は、人間がモノを見たときにまず最初に認識するのは色彩と言われています。これは危険を察知する人間の本能と関係があります。
信号機を思い浮かべてみてください。赤、青、黄といずれも丸です。もしこれが、すべて同じ色で、丸は進め、三角が注意、四角が止まれ、だとします。なんだか、一瞬迷ってしまう気がしませんか。
■ 西洋絵画のヒエラルキー
今でこそ色彩の重要性が科学的にも研究されていますが、実は西洋絵画においては長い間、色彩はそれほど重要視されていませんでした。
何を最重要視していたかというと…
それはテーマ(主題)。西洋絵画の世界では、長い間厳格なヒエラルキーが存在し、その頂点に君臨するのが聖書や神話をテーマにした歴史画でした。以下、肖像画、風景画、静物画と続くわけですが、強引な言い方をすれば、「どう描くか」よりも「何を描くか」がもっとも重要とされていたのです。
レンブラント・ファン・レイン『聖書あるいは物語に取材した夜の情景』(1826〜28年)
■「色を楽しむ」ようになったのは意外にも…
色彩に重点を置くようになったのは19世紀ロマン主義の巨匠、ドラクロワあたりからでしょうか。といっても、サロンからはなかなか認められず、ボロクソに酷評されていましたが。
その後、印象派の時代になり、色彩全盛の時代を迎えるわけですが、ここにきてようやく難しい知識がなくても感覚で鑑賞できる作品が多く生み出されるようになりました。すなわちテーマが、日常により近い題材になったのです。
日本人に印象派の絵画が人気があるのはそのあたりに理由がありそうです。つまり、作品の背景となるキリスト教の知識やこのアトリビュートは何を表す、など考えなくても感覚で鑑賞ができ、色がきれいだとか、この風景が好きだとか、個人の感性で楽しむことができる作品が多くあります。
長い絵画の歴史を考えると、「色」を楽しむ、いやそれ以上に一般人が絵画を楽しめるようになったのは、たかだかここ100年くらい、意外と最近の話なのです。(ナポレオンが1793年に王宮だったルーヴルを美術館として開館しましたが、一般民衆にはまだまだ縁遠い存在でした)
最後になりましたが、今回の企画展では所蔵の印象派名画が数多く展示されています。
クロード・モネ『黄昏、ヴェネツィア』(1908年頃)
ピエール=オーギュスト・ルノワール『すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢』
(1876年)
お子さんの夏休みの自由課題に翻弄されるお母さん、今ならまだ間に合いますよ〜!
色を見る、色を楽しむ。
ールドンの『夢想』、マティスの『ジャズ』…
2013年6月22日(土)−9月18日(水) ブリヂストン美術館
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