2013年4月2日火曜日

英雄とはいかに -ナポレオンの戴冠式-

■ 見れば見るほど不思議な絵


昇進昇格、配置転換など、様々なドラマが至るところで繰り広げられる季節となりました。古今東西を問わず、人の集まるところに蠢く権謀術数が織りなす喜悲劇は、絵画の中にも垣間見ることができます。今日は、天国と地獄を味わった男の絵を見に行きましょう。

ジャック=ルイ・ダヴィッド『ナポレオンの戴冠式』(1806〜1807年)
(ルーヴル美術館/パリ)



タテ6.21m×ヨコ9.79mにも及ぶ大作です。見るものはまずこの大きさに圧巻されるわけですが、このタイトルと絵の内容が、何だかおかしな気がしませんか。



月桂樹の冠を被り、王冠を授けているのがナポレオンだということは何となく想像ができます。しかし、これは『ナポレオンの戴冠式』という絵のはず。戴冠されるはずのナポレオンがなぜ、女性に冠を授けているのでしょうか。

画家のジャック=ルイ・ダヴィッド(1748年〜1825年)は、1789年のフランス革命時にはルイ16世の処刑賛成に一票を投じたジャコバン党員でした。しかし、ナポレオンが台頭するや否や、皇帝付きの画家としてナポレオンの栄光を讃えるプロパガンダとしての作品を世に送り出していきます。

この絵は、1804年12月2日にパリのノートルダム大聖堂で行われたナポレオンの戴冠式を描いたものです。画家自身も戴冠式に列席し、この絵の中にもスケッチをする自身を描き込んでいます。当初は、ナポレオンが自らに戴冠する構図でしたが、これは皇帝自身から「あまりに傲慢すぎる」と指摘され、妻である皇妃ジョセフィーヌに冠を授ける場面に描き直したものです。したがって、この絵は『皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠式』といわれることもあります。

それにしても…

私にはやっぱり傲慢にみえてしまうのですが。というのも、ナポレオンの後ろに座っているのはローマ教皇ピウス7世です。カトリック国の君主はヴァチカンのローマ教皇の元に赴き、戴冠されるのがこの時代の常識なのですが、ナポレオンはヴァチカンに出向くのではなく、教皇をパリに呼び寄せました。おまけにその前を遮るかのように立ちふさがり、自分の妻に自らが冠を授けている。


教皇が右の人差し指を立て、祝福を授けているのですが、それすらも無視しているようで、なんとも虚しく見えてしまいます。

余談ですが、実はこれと同じ絵がヴェルサイユ宮殿にもあります。但し、ヴェルサイユ版は後年にダヴィッドが描き直したもので、登場人物の服装を流行に合わせ、若干リニューアルしています。(そして振り向くとジョセフィーヌとマリー・ルイーズの肖像画が並んで展示されているのも、何だかなあ…)

それにしても、これでもかというくらいナポレオンに取り入ろうとするダヴィットの意図が見え見えで、ちょっとコワ面白い絵です。

■ ナポレオンの女たち


総勢200名もの登場人物。そのほとんどが、特定できる実在の人物です。しかし、実際にはこの場にいなかった人物も描かれています。その最も有名な人物が、ナポレオンの母、レティツィア。彼女は、皇帝になるなんてとんでもない傲りだ、と息子の愚行を非難し、戴冠式には参加しませんでした。ナポレオンの栄枯盛衰を冷静に見つめ,没落後は救いの手を差し伸べる、まさに賢夫人でした。

いかにも貞淑な妻、という佇まいで冠を授かる皇妃ジョセフィーヌ。ナポレオンがまだ名もない軍人に過ぎなかった頃に、彼女は時の権力者ポール・バラスの愛人でした。社交界の華と謳われたこの7歳年上の未亡人にナポレオンは恋い焦がれ、ついに結婚するのですが、彼女の浪費と浮気に終始悩まされることになります。しかし、処世術に長け、頭の良い彼女に多くの影響を受け、ナポレオンはめきめきと頭角を顕していきました。

始めはナポレオンを疎ましく思っていたジョセフィーヌですが、彼がもたらしてくれる栄光と黄金、そして彼自身の才能に気づき、いつしか本当に愛するようになっていましたが、運命とは皮肉なものです。この野心家の男は、皇帝である自分の血を、さらなる高貴なものとして残すために、ジョセフィーヌと離縁し、ハプスブルク家の皇女マリー・ルイーズを妃に迎えます。そこまでしたのに、息子であるローマ王(ナポレオン2世)は夭折してしまいます(ほかにも庶子はいたようですけどね…)。後に、ナポレオン3世が登場しますが、彼はナポレオンの甥で、ジョセフィーヌの孫にあたります。

■ 英雄の条件


しばしば「コルシカの成り上がり者」と呼ばれるように、下級軍人に過ぎなかったひとりの男がフランス皇帝にまで登り詰める経緯には、様々な人間の思惑を感じぜずにはいられません。野心をひた隠しにし、自分は相手を脅かす存在でないと思わせること。戦いに勝ち続けることによって国民の人気を維持すること。英雄が英雄で居続けるために与えられた神からの課題には、人間であればこその業に、さすがのナポレオンも打ち勝つことができませんでした。

その後の彼の運命を知ればこそ、この絵はいっそう感慨深いものとなります。



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